島で生きる

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島で生きる① 「島に帰りたいけど仕事がない」

3月は旅立ちの季節。今春、島を離れる人たちは、いつか奄美に帰ってくるだろうか。新型コロナウイルスの影響で、世界中が時代の大きな転換期を迎えている。島で働くとは、島で稼ぐとは、島で生きるとは―。多くの人々が今、模索している。一度は島を離れ、再び「奄美に帰る」という決断をした若い世代に、ターニングポイントとなった出来事や、島暮らしの魅力について尋ねた。

島で生きる② 「やりたいこと島でもできる」 福山亜希子さん、奄美テレビ社員

奄美市内のケーブルテレビ局「奄美テレビ放送」本社のスタジオ。生放送の人気トーク番組「ユムグチ800」が始まった。入社4年目の福山亜希子さん(42)がカメラを前に軽妙なトークを展開させる。東京のテレビ局で15年働き、帰島。迷わずこの会社の採用試験を受けた。撮り続けたい自分が働ける場所。「奄美にテレビ局があってよかった」

 

島で生きる③ 20代で脱サラ起業、奮闘中 奄美市の迫田真吾さん(39)

本場大島紬の伝統柄を表現した文房具。龍郷柄や秋名バラ、白大島もある。開発したのは奄美市名瀬のグラフィックデザイン事業「アビコムデザイン合同会社」。代表社員の迫田真吾さん(39)は名瀬出身。「20代で脱サラ!奄美で起業するとどうなるか?」と題したブログは、この10年の奮闘記だ。帰島を決めたきっかけは、1冊の本だった。

島で生きる④ 奄美の森に同じ日はない 平城達哉さん(29) 奄美博物館

「ハブは鳴きますか」「イシカワガエルは何を食べますか」「どうしてバーバートカゲっていう名前なんですか」…。小中学生から容赦のない質問が飛ぶ。受け止めて回答するのが奄美市立奄美博物館で自然研究をしている平城達哉さん(29)。名瀬出身。奄美の野鳥たちに魅了され動物好きに。研究を深めるために沖縄の大学に進学し、5年前に帰ってきた。改めて、奄美の自然の豊かさに驚く日々だ。

島で生きる⑤ 「楽しむ親の姿 子は忘れず」 龍郷町の森吉喜美恵さん

コロナ禍の2020年に龍郷町秋名にオープンした、島のおっかん(お母さん)の手料理を提供する宿泊・飲食施設「荒波のやどり」。定食がメインだが、最大の「売り」は料理に関する集落の言い伝えや高齢者の記憶。森吉喜美恵さん(37)はそれを客に伝える重要な役をこなす。徐々に島の食卓から消えつつあるこれらの一皿。いかに貴重なものであるのか、一度島を出たからこそ痛感している。