~歌姫~城南海物語/証言者が紡ぐ奇跡の10年

城 南海。奄美出身の歌手が、この1月にデビュー10周年を迎えた。漆黒の澄んだ瞳の少女が、澄み切った青一色の故郷をあとに、希望を抱き大都会で夢に向かい、歌を通じて人々を魅了してきた。平成元年生まれの歌姫が、平成最後の年に改めて向かうのは、どこのステージなのか。「みなみちゃん」の半生に、さまざまな人たちの証言で迫りながら、10年の軌跡を追い掛ける。

【奄美新聞社連載 ””~歌姫~城南海物語”へのリンク集】

01=音楽との出会い

 

証言者が紡ぐ奇跡の10年 

城 南海。奄美出身の歌手が、この1月にデビュー10周年を迎えた。漆黒の澄んだ瞳の少女が、澄み切った青一色の故郷をあとに、希望を抱き大都会で夢に向かい、歌を通じて人々を魅了してきた。平成元年生まれの歌姫が、平成最後の年に改めて向かうのは、どこのステージなのか。「みなみちゃん」の半生に、さまざまな人たちの証言で迫りながら、10年の軌跡を追い掛ける。

 


02=ウタアシビ(前編)

 

「ウタアシビ」。それは城南海ツアーのタイトルにも掲げられるテーマだ。奄美独特の音楽は、彼女の歌い手としての源泉となっている。ピアノの教師を目指し、音楽科のある高校へ進学するため鹿児島市内で四季を送ることになった南海は、やがて兄の影響で三味線を手にする。島を離れて、シマ唄に出会ったのである。


03=ウタアシビ(後編)

 

ウタアシビは、城南海のデビューへの道のりを追い掛けたKTS(鹿児島テレビ)のドキュメンタリーの一環で行われたものだった。場所の提供を快諾した、奄美料理店「ならびや」の主人・和田孝之が協力して実現した。兄の影響で三味線を持ち、ウタアシビを経験している彼女にとって、地元での初舞台となったのである。


04=鹿児島編・前編

 

奄美市小宿の福崎音楽教室で、幾度となく練習を重ねて、鹿児島の音楽コンクールで賞に輝くなどした城南海。「ピアノの教師か、保母さんになりたい」と将来の設計図を描き音楽科のある鹿児島の県立松陽高校へ進学する。だが、夢への道のりは平たんではなかった。


05=鹿児島編・後編

 

偶然にも心の奥に響いてきた城南海の歌声。彼女の前に陣取ったスーツ姿の二人の男は、互いを見て納得するようにうなずいた。そして、「今度オーディション受けませんか」とチラシを置いていった。2007年、鹿児島市中央公園。南海にとって、歌手という夢の地図を手にした瞬間だった。


06=オーディション

 

歌手という夢への切符を手にした城南海は、それを実現させるためにオーディションに臨んだ。課題曲をこなした南海が、続いて唄ったのは古謝美佐子の「童神=わらびがみ=」だった。憧れの舞台につながるライブハウスには、制服の高校生からは想像もできない歌の世界が広がっていった。


07=デビュー曲編

 

2009年1月7日、ついにその日が来た。城南海歌手デビューである。作詞作曲は、SMAPの「夜空ノムコウ」などを手掛けソングライターの才覚を発揮している、シンガーソングライター・川村結花。前年の12月に19歳になっていた南海に、与えられた曲は「アイツムギ」だった。


08=初対面の風景編

 

「若くてとっても声が奇麗な子だなぁと思って、島からまた音楽仲間が出てきてとても刺激になりました」。島の先輩で城南海が「孝介兄ちゃん」と呼ぶ、中孝介である。川村結花によるデビュー曲「アイツムギ」で共感を得た南海は、同時に多くの業界の先輩たちと出会うことになる。彼女と対面した、それぞれの風景をのぞいてみた。


09=NHK大河ドラマ「西郷どん」前編

 

鹿児島県民、とりわけ島人に印象深い出来事となった2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の放映。経済効果の波及など、さまざまな影響をもたらすことになった。それは城南海にも及んでいる。なんと、紀行テーマや劇中歌の作詞に携わったのだ。故郷と全国各地へはもとより、遠く海を越えた絆の一端となったのである。



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